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紀の川流域の棚田発祥地の「高野山領志富田荘」です。
1338年(建武5年)高野山文章に記載。
現在の和歌山県かつらぎ町東渋田。
桃の木が多く栽培されていました。
遠くに紀ノ川が見えます。
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高木徳郎氏(和歌山県立博物館)の説明に聞き入りました。
「棚田心眼」で現地を見ると、昔の棚田が目の前に広がりました。
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紀の川流域の棚田発祥地の「高野山領荒川荘」です。
1406年(応永5年)高野山文章に記載。
現在の和歌山県紀の川市桃山。
現在は国道424号バイパス工事で埋め立てられ、その形跡は見ることはできませんでした。
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海老澤 衷氏(早稲田大学教授)の説明に聞き入りました。
「棚田心眼」で現地を見ましたが・・・
思わず「う~ん~??」
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小田井用水と龍之渡井(たつのとい)です。
小田井用水は、和歌山県北部に位置し、紀の川右岸の河岸段丘に広がる水田地帯を潤しています。この用水は宝永4(1707)年、紀州藩主である徳川吉宗の命令を受けた大畑才蔵により開削されました。開削の際に一番苦心した工事が穴伏川の谷を渡る龍之渡井でした。
「龍之渡井」は、穴伏川に架かる水路橋です。当時18m余りある川幅を両岸の岩盤を利用して支え、中間に1本の支柱も使わずに通した木製の掛樋(水路橋)でした。
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麻酔の発見で有名な華岡青洲の里の見学に行きました。
自分の奥さんを実験台にして麻酔の利用を可能にしました。
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