本文章は文化庁のHPを参考にして作成致しました。
3.「四万十川流域の文化的景観 上流域の山村と棚田」(高知県檮原町)
梼原(ゆすはら)川上流区域は様々な渡河の方法や川への信仰を伝える集落と源流域における合理的な水利で維持管理されてきた棚田の景観地である。急峻な山肌に開かれた棚田は堅牢な石垣に守られ幾層にも重なりあう。「千枚田」とも呼ばれているこれらの棚田は地域の歴史と共に地域の人々の相互扶助で営々と築かれ守られてきた農業の原風景ともいえる貴重な文化的景観である。
神在居(かんざいこ)の棚田は棚田オーナー制度発祥の地であるが、当時の棚田オーナーの募集は都市部で大反響を呼び、現在も都市部オーナーと神在居の人々の交流は続いている。棚田は日本の農山村の原風景ともいわれ、安らぎ、癒される景観である。
梼原川中流域区域は豊富な水量により漁労や舟運を成り立たせ、河川水を巧みに利用してきた集落と梼原町の人々の暮らしを成り立たせてきた森林の景観地である。
司馬遼太郎は『街道をゆく』の27巻で「檮原(ゆすはら)街道」を歩いていま.す。棚田の前で、司馬遼太郎が「万里の長城に匹敵する」と感激した場所です。
棚田は長年にわたる農民の力と叡智によって築き守ってきた大いなる遺産です。
第1回全国棚田サミットの開催地でもあります。
文化庁の資料
4.「姨捨の棚田」(長野県)、「平戸島の棚田」(長崎県)、「樫原の棚田」(徳島県)が重要文化的景観に選定されました。
文化審議会(西原鈴子会長)は平成21年12月11日、姨捨(おばすて)の棚田(長野県千曲市)など3件の棚田を重要文化的景観に選定し登録するよう、川端達夫文部科学相に答申しました。
a.姨捨の棚田(長野県千曲市)
姨捨の棚田は、姨捨山北側ふもとの標高460〜550メートルの傾斜地に広がる約1500枚の水田からなる。
長野県・千曲市「姨捨の棚田」
b.平戸島の棚田(長崎県平戸市)
平戸島の文化的景観(長崎県平戸市)は、かくれキリシタンの伝統を引き継ぎつつ、棚田群や人々の居住地で構成された景観だ。
長崎県・平戸市「平戸島の棚田」
c.樫原の棚田(徳島県上勝町)
江戸時代末期(1813年)に描かれた絵図と比べても、水田の形、家屋、道といった土地利用の形態が、200年以上変わらないことが評価された。水田の平均面積が約180平方メートルと狭いのも特徴。
徳島県・上勝町「樫原の棚田」
NEW
5.大分県豊後高田市の「田染荘小崎(たしぶのしようおさき)の農村景観」が重要文化的景観に選定されました。
文化審議会(西原鈴子会長)は平成22年5月21日、中世の荘園村落を今に伝える豊後高田市の「田染荘小崎(たしぶのしようおさき)の農村景観」を、重要文化的景観に選定するよう川端達夫文部科学相に答申した。
今回答申されたのは、同市田染小崎と田染真中(まなか)の一部の農地や村落など計92ヘクタール。11世紀前半に宇佐神宮の荘園として開発された。
水田は15ヘクタール、260筆あり、水路を使わず上流の田から下流の田へ直接水を引き入れる「田越(たご)しかんがい」が使われている。中世の地名や屋敷名が継承され、土地を区分けしていた土塁も現存するなど、14世紀前半から15世紀までの土地利用形態が今も残っている。
住民は景観維持のため1999年に「荘園の里推進委員会」を結成。市と共同で収穫した米を有料で配送する「水田オーナー制度」などに取り組んできた。同会の河野繁利委員長(81)は「先祖から受け継ぐこの地の重要性を再認識した」と、答申を喜んだ。
87年から田染荘の調査を続ける別府大の飯沼賢司教授(環境歴史学)は「高齢化の進む地域で、素晴らしい景観をどう活用していくのか。重要文化的景観への選定が、今後の展開の出発点でもある」と指摘。永松博文市長は「観光振興に向け、千年の時を刻む景観を守り、育てていく」と話した。
=2010/05/22付 西日本新聞朝刊=

豊後高田市の「田染荘小崎」